Pokémon GO

早速遊んでいる。

普段ゲームの類は時間のムダだと思って一切しない人間が、幼い頃の息子の面影を探すようにポケモンを探している。

なるべくテレビに頼らず子育てしたいと思っていた。しかし結局は子どもにせがまれてポケモンの絵本やグッズを買ったり、時々おやつにポケモンパンを食べたりした。ポケモンのぬりえもたくさんぬったし、東京のポケモンセンターにも行った(死ぬかと思った)。毎シーズン映画も観た。映画館にDSを持っていくと、映画の最初か最後に幻のポケモンをダウンロードできたので息子は喜んだ。いつも家の中にモンスターボールが転がっていた。どこがいいのかさっぱりわからないダークライというポケモンのぬいぐるみが、随分長い間息子のベッドサイドにあった。入学前に買ったコイズミ学習机のデスクマットはポケモン一覧表だった。時々ポケモン音頭を一緒に踊らされた。まあそんなこんなでポケモンには若干うんざりしつつも親しみがあり、その世界観もおおよそ理解していると思う。ちなみに好きなポケモンはポッチャマとミズゴロウ(進化前)。

ポケモン人気はグローバルだったので、外国で子ども同士ポケモンカードの交換をして仲よくなったこともあった。母親のわがままに付き合わせて小2息子をカナダに連れて行き、ひと夏現地のサマースクールに放り込んだ時も、ポケモンをきっかけにお友達をつくってなんとか乗り切ってくれた。それ以外にもポケモンには、子育てがしんどいときに助けてもらったという思いが強い。

Pokémon GOをダウンロードした初日、スマホ片手に息子と夜の散歩をした。高2になった息子は「ここまでくるとキモい」といって遊ばないが、情報だけはさすがに早くていろいろ教えてくれる。散歩中にピカチュウを捕まえて嬉しさのあまり「いぇーい、ピカチュウ、ゲットだぜ!」といいながら片手を上にあげたら、タクシーが速度を落として近づいてきたので息子にたしなめられた。

昨夜、ポケモン探しに出かける時「(車に)轢かれんときや」といわれてハッとした。これ、昔とまったく逆だ。以前は息子が「ポケモン、ゲット!」と言ってたのを今では私が言っている。冷たい目で見られているけれど、捕まえたポケモンの名前はすべて、幼かった頃の息子の声で再生されている。

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Big Girls Don’t Cry

どんなに沈んでいる時でも

たちどころに私の気分をあげてくれる

力強く美しいものたち

teapot

真っ赤に仕上げたジェルネイル

太陽にかざした指に輝くダイヤモンド

ヘレンドのティーポット

外縫いケリーの完璧なステッチ

たとう紙の窓からのぞく薄紫の紋様

ラ・ペルラのシルクとレース

劇場の絨毯

ルブタンのレッドソール

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百人一首

春すぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山

息子が小学校一年生の夏休みに、百人一首を覚えるという宿題がでた。百人一首には恋の歌が多い。内容を訊かれるたび、6歳児にどこまで説明すべきか困っていた私は、安易かなあと思いつつ、子ども向けにわかりやすく解説しているマンガに助けを借りることにした。

「誰かを好きになってばっかりやなあ」といいながら息子は熱心に読んでいて、その姿が実に楽しそうだったので、嵐山にある小倉百人一首殿堂 時雨殿という施設に息子やお友達をつれて何度か遊びにいった。

京都から逢坂山を越えて滋賀に入るとすぐ「関蝉丸神社」がある。その前を車で通る時にはよく関所の話しをしたり、「これやこの~」と蝉丸のうたを二人でそらんじてみたりした。買っておいたCDを聴きながら、自宅で時々かるたとりのまねごとのようなこともした。でも私はそれがあまり得意ではなかったので、もっときちんとしたものを見せてやろうと思い、その冬、近江神宮で開かれたかるたの試合に息子をつれて行った。

近江神宮の祭神は天智天皇で、この人は『小倉百人一首』の第1首目の歌を詠んだことで知られる。それにちなんで近江神宮では、毎年1月にかるた名人位・クイーン位決定戦が行われている。その年優勝したのが当時まだ高校生だった楠木早紀さんで、それからしばらく楠木さんは我が家のアイドルだった。2年後、彼女は京都の大学へ進学し、息子の通う小学校へかるたの指導に来てくれた。憧れの人とはじめて対面した息子は帰宅後、「今日くすのきさんが学校に来てくれはった!」とたいそう感激していた。

ある初夏の朝、小学校へ行く道すがら、遠くに浮かぶ東山の稜線をしばらく見つめていた息子が、「春すぎて~ 夏きにけらししろたえの~」といって、いたずらっぽい顔で私をみあげた。いきなりで驚いたけれど、「ころもほすちょうあまのかぐやま~」と私がこたえると、満足そうに笑って「ころもほすちょうあまのかぐやま~」と彼は続けた。世の中には知っていると楽しいことがたくさんあって、小さな息子が少しずつ自分の世界を広げていく様子を嬉しく思ったことを記憶している。

知人のFBウォールで百人一首のことが書かれているのを目にして、そんな随分むかしのことを思い出した。あの頃楠木さんに憧れていた息子も、今では百人一首より洋楽チャートの軽薄な歌詞を覚えることで頭がいっぱいのいまどきの高校生だ。

さっき、もう忘れてしまったかなあと思いながら、片耳にイヤホンをさしたまま明日の用意をしている息子のそばで「春すぎて」といってみた。

「ナツキニケラシシロタエノコロモホスチョウアマノカグヤマ」

呪文のような早口のつぶやきが、小さく返ってきた。

 

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黄色いバッジ

京都に差別はいらない

「京都に差別はいらない」と書かれたバッジの写真を投稿した私に対する批判ツイート(リプライではない)を見た。「京都から差別がなくなればそれでいいのか」という主旨らしい。

いうまでもないことだが、自分が住んでいる京都から差別がなくなればそれでいいなどとは微塵も思っていないし、思うわけがない。とはいえ、字面だけを見てそのようにとらえてしまう人もいるだろうなということは理解できる。なぜなら、そのバッジを最初に目にした時、実をいうと私も一瞬だけ同じようなことを思ったからだ。しかし、すぐに思い直した。京都で行われる差別街宣へのカウンター行動としてビラ配りをする時に、目立つバッジを身につけることで、ひと目で差別に反対していることがわかりやすくなり、気づいた人にはビラを手にとってもらいやすいという利点がある(怒号と罵声が飛び交う路上では、在特会の支持者と勘違いされることが時々ある)。同時に、京都の街を歩く府民や観光客に、差別街宣について知ってもらったり、考えてもらったりする契機をつくる効果も期待できるのではないかと個人的には考えている。

例えば、「沖縄に基地はいらない」という沖縄の人に、「ではそこから基地がなくなればそれでいいのか」と詰め寄ることが私たちにできるだろうか。歴史的文脈を無視して、その字面だけから彼ら全員が「自分達のそばから基地が消えてくれればそれでいい」と主張していると断定できるだろうか。もちろん、ヘイト街宣と沖縄の基地問題は異なるので単純に比較できるものではない。ただ、字面をあげつらうことの無意味さを少しはわかってもらいたい。

差別デモや街宣に対峙するのはとてもしんどい。在特会の「弁士」とやらの声がマイクを通してスピーカーから聞こえる瞬間、全身は硬直し、体中の血が逆流するような感覚を覚える。毎回だ。決して慣れることはない。ナイフで心臓をえぐられるような感覚。ましてやヘイトのターゲットが自分の属する民族集団であればなおさらだ。耳をふさいでその場を離れ、何も聞こえなくなったとしても、暴力がなくなったことにならない。差別は常にそこにあり、ことばのナイフは次々と人を切りつけてゆく。

カウンターに立つ人も様々だと思う。思う、というのは、誰がどんな人達なのか、一部をのぞいてよく知らないからだ。何人か顔見知りはいるが、名前も知らない人達がほとんどで、その多くは私のように、Twitterなどで流れる告知を見て参加しているのだと思う。正直にいうと、私は(私の知る範囲の)カウンター参加者の主張全てに賛同しているわけではない。最初は複雑な思いを抱きながら参加した。今でもそうだ。いつかは袂を分かつであろう誰かと行動を共にすることに、納得していない部分もある。矛盾と葛藤をかかえながらあの場に立っているのは私だけではないはずだ。それでも、ヘイト街宣に対して抗議の意を示すために街へでる。

こうやって書くと、随分熱心なように見えるかも知れないが、実際に私がカウンターに参加した回数は数えるほどでしかない。開始予定時刻をすぎて途中からしか参加できなかったこともあるし、1時間ほどビラ配りをしただけで帰ったこともある。ただそれだけでも、ヘイトスピーチを浴びることによる精神的ダメージは大きい。毎回参加している人は、どれだけ参っていることだろうかと心配になる。時間と体力の消耗もバカにならない。差別街宣へのカウンターへ行けば確実に疲弊するが、行かなかったら行かなかったで、罪悪感と焦燥感と怒りとが頭の中をぐるぐると回り続けてしんどい時間を過ごす。
それでも、これだけ差別的言動が可視化され、その実態を目撃した以上、何もせずに見過ごすという選択肢はもはや私にはない。行けるときには抗議の意を示しに行くし、行けない時には何らかの方法で自分の立場を表明するだろう。ヘイトスピーチは、時間をかけて人の心を殺す。それが許されないことだと身をもって知っているから、自分の周りであってもそうでなくても、とにかく人の住む全ての場所でなくすべきだと思っている。頭がお花畑だと笑いたければ笑え。絶望の中でなんとか正気を保ちながら、わずかな勇気を振り絞り希望に向かって進もうとする人間を、馬鹿にしたければすればいい。私にとって、差別は京都だけではなく世界中のどこにもいらないと考えるのは至極当然のことだ。その前提を書かなかったために「京都から差別がなくなればそれでいい人」と思われ揶揄されたことは不本意だし、つくづく残念でならない。

「カウンター」と呼ばれる人々の集まりは、今のところ誰か決まった指導者の下で統制されているような組織ではないと理解しているが、運動の形として少なくない課題を抱えていることは否定できない。世の中の全ての不平等に目配せをすることは難しい。差別に抗う過程で、人々の意見がわかれることはあるだろう。また、大勢の人が気づかないところで取りこぼされてしまう人もいるだろう。しかし、そもそも最初から完璧な運動というものが存在するだろうか。差別をなくすべきだという共通の理念があるならば、実現への過程で、より弱い者への目配せやことばが足りないことをあげつらって揶揄するだけで終わるよりも、問題点を指摘しあい、軌道修正を繰り返しながら、遠くを見据えつつ、今ここで運動にかかわる人達のエンパワメントに寄与する方が、よほど建設的だと私は思う。

最後に、他人には全くどうでもいいことだけれども、
わたしのちっぽけな「愛郷心」が、いま、行き場を失って泣いている。

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ニーメラーのことば

“First they came for the communists, and I did not speak out—
because I was not a communist;

Then they came for the socialists, and I did not speak out—
because I was not a socialist;

Then they came for the trade unionists, and I did not speak out—
because I was not a trade unionist;

Then they came for the Jews, and I did not speak out—
because I was not a Jew;

Then they came for me—
and there was no one left to speak out for me.”

― Martin Niemöller

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

― マルティン・ニーメラー

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「父母の祈り」

 

神よ、わが子が自分の望む道を歩めるように、
わたしが歩みたいと望んだ道を子供に強いることがないように、
神よ、力を与えたまえ。
わたしにできなかったことを子供に強いて、
苦しめないように、
神よ、わたしを守りたまえ。
わが子が歩み行く、
遥か彼方を見すえて、
今わが子の過ちを見守らせたまえ。
ゆっくりと成長するわが子の姿を、
やさしい心で見つめることができますように。
些細ないたずらに微笑みかける時と、
悪しき行いを毅然とたしなめるべき時、
その二つの時を見分ける英知を与えたまえ。
わが子の怒り狂うことばや、
おし黙る孤独な姿に、
悩み苦しむ子供の心の叫びを、聴きとることができますように。
そして、深き淵を越え、子供に歩み寄り、
理解しあうことができますように、
神よ、力を与えたまえ。
できないことに目をとめて、
いらだち、怒りの声を上げるのではなく、
わが子が上手にできることに目を向けて、
喜びのことばで誉めたたえることができますように、
それによって、わが子が自らを信じ、
日々成長していくことができますように。
わたしが、心からわが子を大切にすることによって、
子供も、心から人を大切にすることができますように。
わが子が力強く自分の道を歩めるように、
わたしは、子供を送り出したい。
どうか神よ、
わたしにその勇気を与えたまえ
子供も私も神様によって生かされ愛されていることを知り
他の人々の祝福となることができますように。
(マリオン・B・ダーフィー 「祈り」)

 

 

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安田浩一著 『ネットと愛国~在特会の闇を追いかけて』

安田浩一氏の『ネットと愛国~在特会の闇を追いかけて』(講談社)読了。
日本最大の「市民保守団体」といわれる在特会(在日特権を許さない市民の会)のメンバーを取材したルポルタージュ。

Twitter であまたの感想RTを見た後だったので、読み始めるのに少し勇気が必要だった。まったく読む前からハードルが高すぎる。心に防弾ジャケットを着込んで読んだおかげか比較的軽傷ですんだ。裁判の傍聴や件の動画で、罵詈雑言に対して少しは耐性がついたせいか(それはそれで問題)。それでも224ページで撃沈。抑えていたものが一気にあふれてしばらく本を閉じてしまった。ガラスのハートがうらめしい。

「ネットで真実に目覚めた」だけの人々と、「真実に目覚めた」あと実際にトラメガを持って街頭でヘイトスピーチを叫ぶようになる人々との違いはなんだろう。

読む前はそれが一番気になっていた。安田氏は在特会会員に対して、正面から根気よくインタビューを続けている。彼らも人の子だ。しかし、正直まだ理解できない。よくいわれる「承認欲求」や「リテラシー」だけの問題なのか。子を持つ親としては決して他人事ではない。

この本に衝撃を受け、不気味に思った読者でも、いったん本を閉じてしまえばもう何も見ずに済む人がほとんどだろう。中にはもっと「ひどい」外国の状況と比較して「冷静に論じる」人もいるだろう。しかしそうしている間にも、ヘイトの対象になった人々は心から血を流し続けていることを、この本がテーブルの上にあるのを見るだけで、喉の奥が苦しくなる人がいることを、どれだけの人が想像できるだろうか。

ところで突然話はとぶが、このところ親学関連問題がかまびすしく論じられている。たとえばこちら。

トンデモ教育論「親学」を推進してる人たちの話-俺の邪悪なメモ”
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/

そして彼らに共感する人も沢山います。「親学」に惹かれるのは、極端に保守的な思想を持ってる人だけじゃありませんよ。改憲論なんかには興味がないような ふつーの感覚のふつーの人でも「最近はダメ親が増えてるから……」とぼんやり思っていたりします。そういう層をバクバク食べて「親学」は勢いを増していく でしょう。これはたぶん止められない。

ここでの「ふつーの人」が、『ネットと愛国』で描写された、フジテレビ抗議デモに参加する「普通の人々」とどうしても重なって見えてしまう。内容は違えど、「そういう層をバクバク食べて・・・勢いを増していく」ことに対する恐怖感は私にとっては同じものだ。安田氏はその様子を「静かに、そしてじわじわと、ナショナルな『気分』が広がっていく」とし、その「気分」が在特会の背景にある「広大な地下茎」であると指摘している (p.313)。

それらに対する世間の反応は大きく異なっていると私は思う。「親学」のトンデモについては、それが私たちの生活に直ちに影響を与えるはずだという危機感が人々に共有されているように感じる。しかし、在特会やヘイトスピーチについては国内のことであるにもかかわらず、まだまだ他人事だという認識の人が多いという印象が、私の中でさらに強くなってしまった。

それにしても『ネットと愛国』に出ていた人の名前を、「親学」まわりでも見かけるとはあなおそろし。安田氏のいう「地下茎」がこのまま拡大すれば、いったいどのような日本になってしまうのだろう。

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